これはもうほとんど体験談と、自分なりに考えてみた結果なんですがね。
旅行だって自分の判断で行ける。
食べるものも、自分で選べる。
休日の予定も、すべて自分で決められる。
それでも、ふとした瞬間に思う。
「子どもの頃のほうが、楽しかった気がする」と。
この違和感はどこから来るのか。
ここでは、「自由があるのに動けない」という状態に焦点を当てて整理してみました。
大人はなぜ動けなくなるのか
選べるからこそ、選ばなくなる
選択肢が多い状態は、一見すると有利に見えます。
しかし実際には、「どれでもいい」と感じやすくなり、決めること自体が後回しになります。
・旅行はいつでも行ける
・外食もいつでもできる
・休日も自由に使える
この「いつでもできる」が、「今やらない理由」に変わります。
※特に優柔不断な人ほど、あれこれ考えてるうちにどんどん時間を浪費してしまっているんじゃないでしょうか。
むしろ考えてる時間のほうが楽しいこともありますよね。(私の場合はそうです)
同じ行動に収束していく
自由に選べるはずなのに、実際の行動は固定化しやすいです。
・いつもの店
・いつもの過ごし方
・いつものルート
新しい選択をするにはエネルギーが必要なため、結果として「楽な選択」に集約されます。
行動のハードルが上がっている
大人になると、無意識に条件が増えます。
・失敗したくない
・無駄にしたくない
・効率よく過ごしたい
これらは合理的に見えますが、行動を止める要因にもなります。
なぜ”子どもの頃は楽しかった”と思うのか
制限があるから迷わなかった
使えるお金も時間も限られていました。
だからこそ、「できること」は最初から絞られていました。
結果として、迷う時間がほとんどありません。
※家庭にもよると思いますが、お小遣いが少ない、ゲームを買ってもらえない、そういった環境で育った人は「今あるもの」を最大限にしゃぶり尽くして楽しむんですよね。
同じ映画、アニメを何度も観たり、何度も漫画を読み返したり、ゲームを何回でも繰り返しやったり(もちろん私です)
やるしかない環境だった
与えられた環境の中で遊ぶしかない。
選択肢が少ないからこそ、「やる」という行動に直結していました。
小さな変化で満足できた
少し違う遊び、少し違う場所。
それだけで日常は十分に変化していました。
自由が増えたことで起きたこと
ここまでを整理すると、次の構造が見えてきます。
| 状態 | 子ども | 大人 |
|---|---|---|
| 選択肢 | 少ない | 多い |
| 迷い | 少ない | 多い |
| 行動 | 起きやすい | 起きにくい |
| 変化 | 小さくても満足 | 起きにくい |
自由が増えたことで、「選べるがゆえに動かない状態」が生まれています。
制限は行動を生む装置になる
ここで一つの仮説が立ちます。
制限は不自由ではなく、行動を決めるための条件なのではないか。
選択肢が絞られている状態では、
・迷う時間が減る
・やることが明確になる
・行動に移りやすくなる
結果として、小さな変化が生まれやすくなります。
結論
「楽しくない」の正体は、刺激の不足ではなく、
行動が発生しない状態にある可能性があります。
できることが増えたからこそ、選ばなくなり、動かなくなる。
その結果、変化が起きず、同じ毎日が続く。
子どもの頃の楽しさは、特別な環境ではなく、
「動かざるを得ない構造」によって生まれていました。
まとめ
・できることが増えても、行動しなければ変化は起きない
・自由は便利だが、行動を止める要因にもなる
・制限は、行動を引き出す仕組みとして機能する
すべてを自由にするのではなく、
あえて条件を決めるという選択も、現実的な方法の一つです。
※縛りプレイが楽しかったりするのもそういう要素があるからかもしれませんね。
あと、普段やってないことをやったりするのはすごくおすすめですよ!
全然触れてこなかったけど、いざ触れてみたら面白かったと私が感じたのは、
「恋愛リアリティーショーを観る」
「普段は絶対頼まないメニューを頼んでみる」
「普段は絶対しないような服を買ってみる、格好で街を歩いてみる」
でした!お試しあれ!
普段は絶対着ないんですがね!
全身真っ黒のチンピラみたいな格好して歩いたら気分変わって楽しかったので、共有です!
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こういう「いつもの環境」を変えるのも一つの方法です。


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