はじめに
私は家系ラーメンが好きです!
濃厚な豚骨醤油スープに平打麺。海苔をスープに浸してご飯を巻き、ほうれん草なんかも一緒にかき込む。
あの背徳感と満足感の両方を味わえるラーメンは、なかなか他にありません。
私はちょくちょくラーメン店へ足を運び、動画を撮ったり、SNSに感想を書いたりしています。
そんな中で、家系ラーメンの話題を出すと、かなりの確率で現れる人たちがいます。
「資本系じゃん」
「工場スープで満足なの?」
「直系食べたことある?」
「家系名乗るな」
うるせーーーーー!!!!!!4ね!!!!!
おちつこう。
家系ラーメンが好きな人なら、一度は見たことがある光景ではないでしょうか。
とはいえ最初の頃は私も「へえ、そういう分類があるのか」くらいに思っていました。
しかし、何度も何度も同じようなやり取りを見ているうちに、ある疑問が浮かぶようになりました。なぜヤツラは、誰かがおいしくラーメンを食べているだけなのに、
わざわざそこへ割り込んできて「それは違う」と言いたくなるのだろう。
今回は、いわゆる「ごみくず野郎ども家系ラーメン警察」について、
家系ラーメン好きの一人として感じていることを書いてみたいと思います。
なお、この記事は直系を否定するための記事ではありません。
というか私は直系も大好きです。
その上で、なぜモヤモヤするのかを書いていきます。
家系ラーメン警察とは
ネット上では、特定のジャンルについて細かな知識をもとに他人へ指摘を行う人たちを「○○警察」と呼ぶことがあります。
家系ラーメン界隈でよく見かけるのが、いわゆる「家系ラーメン警察」です。
例えば誰かが町田商店の写真を投稿する。するとコメント欄に「資本系じゃん」と書かれる。
誰かが壱角家を紹介すると、「本物の家系じゃない」という反応が付く。
中には「それ食べて家系語らないでほしい」という強い言葉まで見かけることがあります。
もちろん、全員が悪意を持っているわけではないと思うんです!!
純粋に知識として伝えたい人もいると思います。
しかし、家系ラーメンを知らない人から見ると、
「なんかめんどい人、怒ってる人がいるな」という印象になってしまうことも少なくありません。
実際、コメント欄なんかを見ていると、
「また家系警察が来た」
「好きなもの食わせてくれ」
「ラーメンぐらい自由に食わせろ」
という反応も多く見られます。
つまり、家系ラーメンそのものよりも、「家系をめぐる人間関係」の方が話題になることすらあるのです。
直系と資本系の違い
この話をする上で、最低限の説明は必要でしょう。
家系ラーメン界隈で頻繁に語られるのが、「直系」と「資本系」です。(あくまで通称です)
厳密にはもっと複雑なのですが、超ざっくり整理すると以下のようになります。
| 分類 | 概要 |
|---|---|
| 直系 | 吉村家から続く系譜を持つ店舗 |
| 資本系 | チェーン展開を行う店舗が中心 |
| 独立系 | 家系の影響を受けつつ独自展開する店舗 |
家系ラーメン好きの人ほど、この違いを重視する傾向があります。
なぜなら家系ラーメンは単なる料理ではなく、歴史や系譜も含めて楽しむ文化があるからです。
例えば野球で言えば、「巨人ファン」だけではなく、「どの時代の巨人が好きか」まで語るようなものです。
あるいはギター好きが、「フェンダーなのか」「ギブソンなのか」を語るようなものかもしれません。
(伝わりづらかったらすみません)
家系ラーメン好きの中には、味だけではなく、歴史や系譜、店主の修行先、店舗ごとの関係性まで含めて楽しんでいる人がいます。
そのため、「どこで修行したのか」「どの流れなのか」が重要になるのです。
これは趣味としては非常によく理解できます。
私も好きな分野について語るとき、背景や歴史を知るのは面白いと思います。
ただ、その面白さと、他人への接し方は別問題だとも思っています。
資本系アンチの主張も理解できる
ここは非常に重要なポイントです。
この記事を書くにあたって、私は資本系アンチを完全否定したいわけではありません。
むしろ、彼らの主張には理解できる部分があります。
例えば、
「資本系ばかりが家系として認識されるのは違う」
という意見です。これは一理あります。
地方によっては、家系ラーメンといえば町田商店や壱角家しか存在しない地域もあります。
そうなると、「家系ラーメン=チェーン店」という認識になる人もいるでしょう。
しかし、長年家系ラーメン文化を追いかけてきた人からすると、「いや、それだけじゃないんだよ」と言いたくなる気持ちはわかります。
また、「本来の家系文化が埋もれてしまう」という危機感もあるのでしょう。
これはラーメンに限った話ではありません。
言葉でも同じことが起きます。本来の意味と違う使われ方が広まる。
そしていつの間にか、そちらが主流になる。そうした現象に対して違和感を持つ人は少なくありません。
家系ラーメンも同じなのかもしれません。
長年大切にしてきた文化が、自分の知らない形で広まっていく。
そのことに複雑な気持ちを抱く人がいるのは理解できます。
だから私は、「資本系アンチは全員おかしい」とは思いません。
むしろ、「本来の家系文化を守りたい」という気持ちには一定の敬意があります。
ただし、ここで一つ疑問が残るのです。
その気持ちは理解できる。
その主張も理解できる。
とはいえ、その気持ちをなぜ毎回、「このラーメンおいしかった」と言っている人へ向ける必要があるのだろうか。
もしかしたら「資本系しか知らなかった人が直系を知るきっかけ」になることもあるのでしょう。
それでも私が不思議なのは、なぜその話が「このラーメンおいしかった」という感想に対して投げかけられることが多いのか、という点です。
その疑問こそが、私が家系ラーメン警察に対して感じているモヤモヤの正体なのです。
私は直系を知らないわけではない
ここで一つ、先に言っておきたいことがあります。
私は別に、直系を知らないわけではありません。
昔はしょっちゅう吉村家さん通ってましたし、厚木家さんや杉田家さん、末廣家さんなんかもちょくちょく行ってました。
家系ラーメンを食べ始めたばかりの頃ならともかく、今は直系と資本系の違いも知っています。
どんなお店が直系と呼ばれているのかも知っていますし、実際に食べたこともあります。
そして、直系がめちゃくちゃおいしいことも知っています。
スープの力強さ、店ごとの個性、歴史的な背景。
そういった魅力があることは否定しません。
しかし、不思議なことに家系ラーメン警察の人たちは、こちらがそのことを知っている可能性をあまり考慮してくれません。
資本系の写真を載せただけで、「直系食べたことないでしょ」という前提で話が始まることがあります。
でも、そうじゃないんですよね。
知っているんです。
知った上で選んでいるんです。
ここが私の中ではかなり大きなポイントです。
例えば高級寿司がおいしいことは多くの人が知っています。
でも、だからといって毎回高級寿司を食べるわけではありません。
高級焼肉がおいしいことも知っています。
でも、だからといって毎回高級焼肉へ行くわけではありません。
それと同じです。直系がおいしいことと、普段どこでラーメンを食べるかは別の話だと思うのです。
(というか店舗が遠いのよ・・・)
それでも私が資本系を食べる理由
では、なぜ私は資本系を食べるのでしょうか。
答えは驚くほど単純です。
近いからです!
行きやすいからです!!
そして普通においしいからです!!!
ラーメン好きの中には、休日を使って遠征する人もいます。
朝から電車に乗り、片道1時間以上かけ、開店前から並ぶ。
そういう楽しみ方をしている人もいます。
それはそれで素晴らしいと思います。
しかし、私は毎回そこまでできるわけではありません。
仕事帰りの日もあります。
買い物ついでの日もあります。
今日はなんとなくラーメンを食べたいだけの日もあります。
そんな日に、「本物を食べたいなら横浜へ行け」と言われても困るのです。
もちろん、それができる人はすればいいと思います。
でも、全員が同じような楽しみ方をする必要はないはずです。
例えばゲームでもそうです。
やり込みプレイヤーは何百時間も遊び、攻略情報も調べ、隠し要素も全部回収します。
でも、ストーリーだけ楽しむ人もいます。
どちらが偉いという話ではありません。
ラーメンも同じではないでしょうか。
私は家系ラーメンを食べたい。
その欲求を満たしたい。
その結果として、駅前にある資本系へ行く。
それだけの話です。
そして何度も言いますが、私はそれに満足しています。
資本系だから妥協しているというより、資本系で十分満たされる日が普通にあるのです。
「資本系じゃん」に感じる違和感
私がモヤモヤする理由は、資本系を否定されたことそのものではありません。
もっと別の部分です。
例えば私が、「このラーメンおいしかった」と言ったとします。
すると返ってくるのが、「資本系じゃん」です。
ここで少し考えてみてください。
この会話、成立しているでしょうか。
私は味の話をしています。
満足したという話をしています。
楽しかったという話をしています。
しかし返ってくるのは分類の話です。
系譜の話です。
歴史の話です。
つまり、こちらが話していることと、相手が返していることがズレているのです。
極端な話、「旅行楽しかった」と言った人に、「でも新幹線じゃなくて飛行機だよね」と返しているようなものです。
いや、その話してたっけ?と思うわけです。
もちろん、分類の話が好きな人もいるでしょう。
系譜を追いかけるのが好きな人もいるでしょう。
それ自体は何も悪くありません。
でも、相手がしている話と違う話題を突然持ち込むと、会話は噛み合わなくなります。
そして、そのズレが積み重なると、「また家系警察か」と思われてしまうのです。
本人は知識を伝えているつもりでも、受け取る側にはマウントのように見えることがあります。
家系ラーメン警察が苦手な理由
私は直系が嫌いなわけではありません。資本系アンチが嫌いなわけでもありません。苦手なのは、「自分の価値観を他人にも適用しようとする人」です。
直系が好きなら、それでいいと思います。歴史を重視するなら、それでいいと思います。本物志向なら、それでいいと思います。でも、それは自分の楽しみ方です。
他人にも同じ楽しみ方を求め始めた瞬間、話が変わってきます。ネットを見ていると、「家系を語るなら直系を食べろ」というような意見を見かけることがあります。
でも私は、「家系が好き」としか言っていません。資格試験を受けようとしているわけでもありません。認定証をもらおうとしているわけでもありません。ただラーメンを食べて、おいしいと言っているだけです。
それなのに、「それは違う」と言われ続けると、少し疲れてしまうのです。
家系ラーメンが面倒なのではなく、家系ラーメンをめぐる一部の空気が面倒に感じる瞬間があります。
ネット上の反応
この話題について見ると、ネット上でも意見は大きく分かれています。
直系派の人たちは、本来の家系文化を守りたい、家系の歴史を知ってほしい、資本系と直系は別物だ、という主張をすることがあります。
(まぁ、ただのラーメンオタクがどの立場で?という思いもありますが)
一方で、おいしければいい、好きな店を食べればいい、家系警察が苦手、という人たちもいます。
どちらの意見にも、それぞれの背景があります。
興味深いのは、両者ともラーメンが好きだということです。
嫌いだから言い争っているわけではありません。
むしろ好きだからこそ熱量が高くなっている。だからこそ難しい問題なのかもしれません。
ただ、好きだからこそ、相手の楽しみ方まで奪わない方がいいのではないかと思います。
文化を守ることと、誰かの食事の満足感を否定することは、同じではないはずです。
ラーメンは資格試験ではない
私は、直系へ行く人を否定しません。
資本系を選ぶ人も否定しません。
両方好きな人もいるでしょう。
全部ありだと思っています。
なぜならラーメンは趣味だからです。
趣味は本来、楽しむためのものです。
正解を当てるためのものではありません。
他人より詳しくなるためだけのものでもありません。
ましてや、他人を減点するためのものでもありません。
おいしかった。
また来たい。
その一言で終わる日があってもいいと思うのです。
家系ラーメンの歴史を知る楽しみもあります。
直系を巡る楽しみもあります。
資本系で気軽に満たされる楽しみもあります。
どれか一つだけが正解というより、それぞれ別の楽しみ方なのだと思います。
まとめ
この記事を書いていて言いたかったのは「遠くの親戚より近くの他人」ということです。
私は直系が嫌いなわけではないです。
資本系アンチの主張も理解できます。
本来の家系文化を守りたいという気持ちにも一定の敬意があります。
(ただ知識マウント取りたいだけのド9ズは滅しほうがいいですが)←もちろん全員ではなく、一部の人の話です
だからこそ、なおさら思うのです。
その思いを、なぜ毎回ラーメンを楽しんでいる人へ向ける必要があるのだろうか。
文化を大切にすることと、人の食事に水を差すことは、分けて考えてもいいはずです。
私はこれからも資本系を食べると思います。
そして直系も食べると思います。
なぜなら、どちらもおいしいからです。
次もたぶん近所の資本系へ行くでしょう。
そして食べ終わったあと、恐らくこう思うはずです。
「うまかった」
本当は、それだけで十分なのではないでしょうか。
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